マッチ・ポンプというのは「自分で放火のような悪事を仕掛けておいて、後で火を消すような善行を行い名声や利益を得る」行為を指す言葉で1966年の「黒い霧事件」で初めて使われた。Mach pumpというと英語に見えるが完全な和製英語だ。
このマッチ・ポンプのような話がアメリカで起きている。過激なサブプライム・ローンの提供とその後の破綻で有名になったカントリーワイドの元社長達が会社を設立し問題住宅ローンをディープ・ディスカウント(額面の何分の一という低価格!)で購入し大きな利益を得ているという話がニューヨーク・タイムズに出ていた。
新聞は彼等の行為について賛否両論を載せている。批判派の意見は「自分で放火しておいて焦げた廃材を安く買い集め売却して利益を得るような行為だ」というものだ。もしマッチ・ポンプという諺がアメリカにあれば間違いなくマッチ・ポンプと言っただろう。
肯定派は連邦銀行からサブプライム・ローンの債務者まで色々だ。連邦銀行のある職員は「問題債権の交渉では経験豊富なカントリーワイドの役職員と一緒に仕事をすることは重要なことだ」と述べている。この会社の最大のディールは連邦預金保険機構との間で行われた額面5億6千万ドルの取引だ。この債権プールの実質的な買取価格は額面の38%ということだ。
カントリーワイドのOBが作った会社の名前は略称PennyMac、日本語でいうと一円マックだ。フルネームはPrivate Mortgage Acceptance Companyとものものしいが、1円2円(額面100円に対して)という安い価格で公的機関から住宅ローンを買うということでこのような名前をつけたのだろうか?だとした随分人を食った話である。
PennyMacは買い取った遅延債権について、住宅ローンの債務者と返済再開交渉を行っている。その時の切り札は金利の引下げだ。新聞には7.25%の金利を3%に下げるという例が出ていた。こうすると月々の支払が半分近くになるので、遅延していた債務者も返済を再開できる場合がある(もっとも再開しないと住宅を取り上げて競売する)。だから債務者の中には「PennyMacの経営者がカントリーワイドの幹部だって気にしない。住宅ローンの返済が軽減されれば良いのだもの」という人もいる訳だ。なおPennyMacは安い価格で住宅ローンを買っているので、これでも十分利益がでる。彼等のターゲットは年20%の利益というから貪欲さは相変わらずである。
PennyMacがどこから資金調達を行っているかというと、BlackRockとかHighfield Capitalなどのような著名なヘッジファンドが資金をつけている。
米国の庶民の金は税金というパイプを通って政府(例えば預金保険機構)に流れ、その金はマッチ・ポンプを経由してヘッジファンドに還流し最後はお金持ちに流れていく・・・・・。目端の利いた連中は早くも巨額の政府資金を追いかけ始めている。
この政府とPennyMacの関係、江戸時代に前科者を「岡っ引き」として奉行所の与力・同心が手先に使った話を思い出させる。岡っ引きは改心していることが前提だが、カントリーワイドのOB連中は改心しているのだろうか?
何せカントリーワイドというのは、貪欲の塊りで悪名高く、買収したバンカメが買収後直ちに看板を下ろさせた位だから。
もっとも彼等が改心していようがいまいが対岸の話である。むしろ我々が心に留めておくべきことは、底なし沼のように見えた米国住宅市場に杭が打ち込まれ始めたということだろう。このような杭が打ち込まれることで市場の底は固まっていくのだ。
かって私が経験した1990年代初めの商業用不動産不況は「墓場のダンサー」と呼ばれたゼルの底値買いから反発を始めた。カントリーワイドのOB達が成功すると「第二のゼル」と呼ばれるのだろうか?あるいは「火事場の屑拾い」とでも呼ばれるのだろうか?対岸の話ながら野次馬的興味のあるところだ。