DX(デジタルトランスフォーメーション)については、第二次岸田改造内閣が突破力のありそうな河野太郎氏を3人目のデジタル大臣に据えるなど政府が力を入れています。しかしDXについては一部の民間企業では成功しているものの、多くの市民を相手にする行政機関では期待する成果を上げていません。DXとは「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面で良い方向に変化させること」(2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱した概念)なのですが、ITが浸透するほどにはうまくいきません。その原因はどこにあるのでしょうか?
その問題を身近な例で考えてみたいと思います。
身近な例というのはごく最近私が山仲間に対してキャンプ地で登る登山ルートについて「MicrosoftのFormsというアンケートツールを使ってアンケート調査を行ったけれど、期待どおりの処理がおこなわれなかった」というものです。期待していたデータ処理というのは次のとおりでした。①Formsを使って電子的なアンケートを作る②そのアンケートのURLおよびQRコードをメッセンジャー(電子メール)で参加者に送る③参加者はアンケートに回答し指定の送信ボタンを押して回答する④アンケート結果はリアルタイムでエクセルで集計されるというものです。つまり主催者側(この場合私)が集計作業を行わなくても瞬時に全参加者の意向を把握できるというものでした。
ところが期待どおりに送信ボタンを押して回答してくれた人は約半分で残り人はメールで回答してきました。メールで回答を受けると私はエクセルシートに回答を手入力する必要があります。手入力するということは手間がかかりますし、タイプミス(あるいはコピーミス)というヒューマンエラーを起こす可能性があります。
これは「DXが期待どおりに進まなかった簡単な例」ですが、行政機関でDXが期待どおりに進まない原因もこの例の中に「原型」がありますから少し考えてみました。
まず「なぜアンケート回答者は指示どおりに送信ボタンを押してデジタル的に回答しなかったか?」という問題です。一つは一部の回答者から指摘があったのですが、URLからダウンロードした回答フォームで送信ボタンを押したけれど送れなかった。ただしQRコードからダウンロードした回答フォームからは送ることができたという問題です。主催者側では簡単なテストを行った上でアンケートを実施したのですが、回答者側のデバイス(PCやスマートフォン)やOSのバージョン等によりうまく機能しない場合があるということです。行政機関が実施する調査等では、複数のデバイスやOSでテストしてあらかじめ問題点をつぶしているはずですが、不具合がでないとは限りません。不具合がでた時の対処方法が重要な課題ですね。
次に「主催者側の後処理に対する配慮不足」という問題です。主催者側が複数のアクセス方法を用意したのは、デバイス等の問題である方法でデジタル回答ができない場合、もう一つの方法をトライしてデジタル回答をしてほしかったのですが、半数の回答者はデジタル回答を止めてアナログ的なメールで回答を行いました。「メールの方が早い」ということなのですが、一方でこれは「 主催者側の後処理(集計表を手作業で作成する)負担を増加させる」ということです。一般的にはユーザが後処理に考慮することは期待できません。そこで大手民間企業などでは「申込はこのフォームからお願いします。メールや電話では受け付けません」という案内を行っている場合があります。こうなるとユーザ側は不便でもなんとかして指定フォームからの入力にトライします。アマゾンなど外資系企業はこれで押し通しているところが多いと思います。行政機関がこれをやると当初はクレームが来ますがそれを乗り越えないとデジタルトランスフォーメーションは進みません。
「デジタル化を進めるにはアクセスをデジタルルートに一本化する」ということが必要だということを徹底する必要があります。
次の問題は「アンケートを少し複雑にしてしまった」という主催者側の問題です。回答項目をA,B,C,Dの4択にすれば良かったのですが、Eとして「その他」を入れました。その他については記述式回答になりますので、Eを選択した人は記述が必須になります。必須ということはこの項目に回答しないとアンケートを送信できないということになります。
主催者側としては「アンケートをシンプルにして回答しやすくする」という課題と「回答者の気持ちやニーズをできるだけ細かくすくいあげる」という課題のバランス点を見出す必要があります。
また回答項目を「必須」にするか「任意」にするかなどの設計も重要なポイントになります。
さて以上のような考察を踏まえて、行政機関がDXを進める上で留意しなければならないことは何か?ということをまとめてみましょう。
第一に「複数のチャンネルやツールの併存を止めて、デジタルチャンネルやツールに一本化する」ということです。「申込はWEBのフォームでも、メールでも電話でもファックスでもできます」などやっていると消費者側は自分にとって使いやすいチャネルで申し込みを行います。そうすると処理に要する時間や人手間が増え、状況のリアルタイムな把握ができなくなります。それは回りまわってユーザ側(消費者側)の不利益にもなるはずです。
デジタルトランスほーメーションの推進者は、DXがいかに後処理を簡素化し、それは行政コスト=税金負担の軽減につながり、消費者のメリットになるかという点をもっと強調し、チャンネルやツールの一本化を呼び掛けるべきなのです。ユーザ側も長期的な視点にたって、多少努力してもDXについていくという気構えを持つ必要があります。また理由もなく従来の方法に固執するユーザまで保護する必要はありません。もちろん努力する気構えを持っている人には手厚いサポートをする必要はありますが。
以上のことから第二のポイントは「行政も消費者側も後工程の処理コストを考えて協力し合いながら、DXを推進して行政コストを下げる」というコンセンサスを作ることが必要ということになります。
第三のポイントは「行政側が意向集約などアンケート調査や申請フローなどのわかりやすさにもっと努力を払う」ということです。
これはデジタル技術の問題というよりも消費者目線、市民目線でモノを考え、分かりやすい日本語で情報を共有するというコミュニケーションの問題です。この行政用語や法律用語を分かりやすい日本語にするということは、今後移民の受け入れを拡大していく上でも重要な課題です。デジタルトランスフォーメーションの推進と合わせて実施して欲しいですね。