「かんぽの宿」を巡る議論がかまびすしい。今日(6月16日)の日経新聞朝刊には「政府の郵政民営化委員会は日本郵政に対し、『かんぽの宿』事業など非中核事業の売却で透明性を求め」、日本郵政の西川社長は「重要性を痛感している」と応じたという記事があった。
記事によると「かんぽの宿は前期50億円の赤字。赤字続きの非中核事業は業績の足を引っ張り、郵政事業全体の価値を低下させる恐れもある」ということだ。これをすなおに読む読者の中には「赤字が続くかなら早目に売却した方が良い」と判断される方がおられるだろう。だが私はこの問題について大手新聞はもう少し背景を明らかにして、読者諸氏に判断材料を提供するべきだと考えている。
私は2ヶ月程前山梨県の石和温泉方面に登山に出かけ、帰りに石和温泉の「かんぽの宿」で日帰り入浴をした経験がある。自然石をちりばめた大浴場や和の風情ある露天風呂に立派な庭、新しい内装と施設はすばらしい。ご関心ある方はホームページへどうぞ →http://www.kanponoyado.japanpost.jp/yado/isawa/index.php
だが問題があった。それは何かというと「昼間の飲食サービスが余りに貧弱」ということだ。山から降りてお風呂に入って汗を流した次はビールだ。そして少し美味いものを食べたい。そこで開いている軽食コーナーへ行った。ところが軽食コーナーはアルバイトの(ような)女性が一名いるだけでビールの注文にてんてこ舞いだ。またメニューが貧弱でとても長居して食事をする雰囲気ではない。そこでやむなく石和温泉駅近くの小料理屋に河岸を変えた次第である。
これは極めて個人的な経験だけれど、私はここに「かんぽの宿」の問題が凝縮していると考えている。つまりハード(設備)は一流だけれどサービスは最低。ホテルや飲食業の売上はハードだけで決まるのではなく、提供するサービスが重要だということが全く理解されていない。
では「かんぽの宿」が全く努力していないのか?というとその批判は必ずしも正しくないようだ。郵政公社誕生時に「かんぽの宿」は180億円弱の赤字を計上していたが、それが50億円程度の赤字まで縮小したことはそれなりの経営努力があったことを示している。そもそも民営化以前(郵政事業庁時代)の「かんぽの宿」は、簡保の加入者に対する収益還元事業なので儲けてはいけないと法的に規定されていたから、体質改善にはそれなりに時間を要したということだ。
「かんぽの宿」のような「収益事業(不動産)」の価格は、将来のネット・オペレーティング・インカム(平たくいうと現金収入)の現在価値で決まる。その将来のネット・オペレーティング・インカムを決めるものは、現在の現金収入である。つまり「かんぽの宿」の売却価格を高めるためには「現在の現金収入」を高めることが必要なのだ。
メリルリンチ日本証券が「かんぽの宿」の売却について日本郵政のアドバイザーになった時、メリルが見積もった売却価格は1千億円だった。同社は「かんぽの宿」が109億円で売却されようとした時、「中止も選択肢」と二度にわたって勧告したというが、日本郵政側は売却を強行しようとしたと報じられている。メリルが作成した資料によると「かんぽの宿」は2011年には黒字転換する見通しになっていたというから、売却タイミングをずらし営業成績を改善させるという選択肢があったという主張は一定の根拠はありそうだ。
もっとも日本郵政側にも言い分はあるだろう。というのは2005年10月に成立した郵政民営化法の中に「かんぽの宿」は婚礼施設「メルパルク」とともに、5年以内に譲渡または廃止することが定められているからだ。法改正を行わない限り売却は規定路線だといわざるを得ない。
「かんぽの宿」問題を考える時、私はこの譲渡または廃止を定めた法律の改正も視野に入れる必要があるのではないか?と考えている。何故なら「かんぽの宿」の中には石和温泉の施設のようにハードは立派だがサービスが貧弱で収益機会を失っている物件があると考えられるからだ。
例えば「かんぽの宿」を特別目的会社のような別法人化して、国がその株式の一部を保有し、しっかりした運営会社と雇い業績を改善させる(当然運営会社には業績向上を図るインセンティブを与える)というようなストラクチャーも可能だと私は考えている。
「かんぽの宿」を巡る議論はかまびすしいが、貴重な国民の資産価値を高めるための具体的提案が乏しいことは残念である。