昨日WSJジャパン主催のトークショーがアークヒルズのアークカフェであった。スピーカーは伊藤隆敏東京大学大学院教授と藻谷浩介・日本総研主任研究員だった。 藻谷氏は「デフレの正体」の著者。高齢者の増加と労働人口の減少で、デフレは避けられないと主張する。一方伊藤教授はアベノミクスの強力な支持者だ。
トークショーの前に司会の小野由美子WSJジャパン編集長が参加者にアベノミクスに対する評価をyes/noで聞いた。「今までのところはどうか」という質問に対してはyesがやや多かったが、「これからの見通し」についてはno、つまりアベノミクスは期待どおりの成果を挙げられないと答えた人が圧倒的に多かった。昨日は日本株が再び大幅下落。やや円高気味だし、足元のセンチメントが悪かったことも影響しているかもしれないが、大方の参加者が「規制緩和」に?を感じているということだろう。
二人のスピーカーの論点は、ご承知の方も多いと思うので省略するが、「今後何をすべきか?」ということでは、高齢者にお金を使ってもらおう、という点で一致していた。大体この手の話になると、最後はお金を持っている高齢者にお金を使って貰おう、高齢者がお金を使っても安心できるように介護保険を充実させよう、といったところに落ち着く。昨日の話もそのあたりに落ち着いたのだが、果たして介護にかかる費用面の心配が後退すれば高齢者はお金を使い出すのだろうか?という点に私は甚だ疑問を感じている。
一つは藻谷氏も昨日述べていたが「お金を貯めること、減らさないことが目的化した高齢者が多い」という分析だ。つまり自分の将来に幾ら必要だ、という判断ではなく、他の人に比べて貯蓄が多いから安心、という貯蓄が自己目的化した考え方があり、その価値観を変えない限り、高齢者の貯蓄は減らないだろう。
では貯蓄優先の価値観を何に変えるのか?一つは「仕事」であろう。80歳を越えてなお現役の評論家として活躍する樋口恵子さんは「『老後が心配』が働く原動力」(「老後のお金」文春文庫)の中で次のように述べている。
就労は何よりも収入のためであり、調査をみても男女とも高齢者の就労理由の第一位であるが、「健康のため」も高位にある。・・・・長生きした高齢者は預金を減らすのはいやだが、今さら貯蓄に励もうとは思っていない。だからすぐ使ってしまう。・・・政府は高齢者の預金を何とか引き出して使わせようと躍起になっているが、恐らく成功しないだろう。人生100年時代は80歳になっても『老後が心配』だからだ。でもそこそこの収入が入れば、ぱっと使う。高齢者を消費市場に引き込むには、何よりも仕事を与えることだ。
一つの見識だ、と思う。そして高齢者向けの雇用を創造することは不可能ではない。たとえば駅の構内タクシーを見ると、大半の運転手は高齢者だ。つまり年金が給付減額にならない程度の収入で仕事を続けたいと思っている人たちが安価な労働力を供給しているのである。だが大きな問題がある。高齢者の安価な労働力は働き盛りの労働力とバッティングして、賃金上昇の重荷となる可能性が高い。
と考えると収入面からは働く必要がない人にまで、就業機会を提供することは働き盛りの人の労働条件に悪影響を及ぼす可能性がある。そこでもっと検討して良いことは「有償ボランティア」ではないか?と私は考えている。ただしボランティアの対価は、現金ではなく「医療チケット」や「介護チケット」で払う。診療報酬の点数でも良い、だろう。こうすれば高齢者はやり甲斐のある活動を行いながら医療や介護支出に対する不安が緩和されるだろう。
アベノミクスに対する私の考え方は、以前からはっきりしていて、金融緩和によるインフレ効果は過去の金融緩和とインフレの相関関係から見て低い、と判断している。デフレの脱却には「働く人口の拡大」と「高齢者の保有する資産の有効活用」が必要である。うがった見方をすると、消費税の引き上げも高齢者の資産の有効活用の一部だ。だが現在の高齢者は現金資産や不動産などの実物資産だけなく、元気な肉体や知恵という無形の資産も持っている。その膨大な資産を活用できるかどうかに日本経済の将来がかかっている。