山好きの人であれば、一度は手に取ってみたことがあると思われる山岳月刊誌の「岳人」。その「岳人」の発行元が9月号より、中日新聞からモンベル・グループのネイチャーエンタープライズに変わった。このことは2,3ケ月前に知っていたが、モンベル・グループが「岳人」を引き継いだ経緯が、今月号のOUTWARD(モンベル会員向け雑誌)に載っていた。
それによると今年1月に、中日新聞東京本社の事業部長がモンベルを訪れ「発行継続が極めて難しい状況に直面している。今後『休刊』の可能性を含めて発行形態の見直しに入った」と辰野社長に告げた。
その時、辰野社長はとっさの決断として「モンベルで引き受けましょうか?」という言葉を発した。辰野社長の記事「軌跡」?によると、岳人の創刊は昭和22年(1947年)で、当初は京都大学山岳部の有志により発刊され、その後中日新聞に引き継がれた。昭和22年といえば、ヒマラヤの8千メートル峰(アンナプルナ)が初めて登られた年の3年前だ。アンナプルナ初登頂の3年後には世界最高峰のエベレストが登られ、登山ブームが花開いた。「岳人」はその頃から登山家の情報誌としての責務を担ってきた。
しかし時代が移り未踏峰や未踏の難ルートもほぼ登り尽くされてきた感がある。また「山ガール」や「中高年登山」という言葉が象徴するように今もちょっとした登山ブームなのだが、登るところは一般ルートであり、「岳人」の専門的な情報を参考にして登山をするような人はそれほど増えてはいないと思う。
一方で情報媒体としてはインターネットが普及し、登山に関する情報も無料で簡単に手に入るようになった。常識的に考えると事業として「岳人」の発行が成り立つのか?という疑問が起きて当然だろう。
優れたクライマーであった辰野社長は「若き日々、初登頂の記録を『岳人』の記録速報に記載してもらう事がクライマーのステータスを満たす目標だった」と述べている。
では辰野社長は、ノスタルジアから「岳人」を引き継ぐことを決めたのだろうか?そうではない。辰野社長は「今あえて、紙媒体『岳人』の担うべき役割があると信じる」と述べている。
辰野社長は「読み物としてまた写真集としても読みごたえ見応えのある内容にしたい」「僭越だが『山の文芸春秋』あるいは『山のナショナルジオグラフィック』を目指したい」と述べている。
この辰野社長の心意気に共感して私は1年間新生「岳人」を購読するこに決めた。
私も辰野社長ほどではないが、若い頃に何回が「岳人」に寄稿し、自分の文章が活字になった時の喜びを味わっている。このような場を後輩たちにも残してあげたいと思う。
今私は電子本を読むことが増えているし、自分でもささやかな電子出版を行っている。電子本の愛好者になりつつあるのだが、それでも紙の新しい本特に写真の綺麗な本のページをめくる時の楽しさは捨て難い。
ささやかだけれど、少なくとも1年間は「岳人」を応援したいと思う。
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最近出版した電子本
「英語の慣用表現集」 http://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00LMU9SQE/
「人生の山坂の登り方・降り方」 http://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00LYDWVPO/