金融庁が「公的年金だけでは老後資金が2千万円不足する」とした金融審議会報告書を発表したことが話題を呼んでいる。
話題を呼んでいるが内容自体は、不足金額に差はあるものの、すでに色々な調査団体から発表されているもので目新しい話ではない。また計算方法も簡単だ。
公的年金の平均的な受取月額は20万円だが、夫婦二人の老後生活費は月25万円なので毎月5万円不足する。年間では60万円の不足で30年間では18百万円になるという話だ。
だから公的年金に加えて毎月5万円程度の補填資金を確保しておきましょう、というのが金融庁の趣旨だ。
野党の一部からこの発表は政府がこれまで言ってきた「公的年金は100年安心」と異なり、国民に不安を抱かすと反発の声が上がっているが、これは年金の制度を理解していない議論である。
つまり「制度の安全性」と「給付レベルを維持する」ことを混同しているのである。制度の安全性とは定期的に財政計算を行い、将来必要な年金原資を確保するために、年金の掛け金や給付水準を見直すことが制度的に担保されていることである。
一方年金の給付レベルは、制度設計を行った時あるいは財政計算を行った時と現時点の「前提条件」で変わってくる。前提条件の主なものは「金利水準」「賃金上昇率」「物価上昇率」「平均寿命」などであるが、現在特に大きな影響を与えているのは「平均寿命」が伸びていることだ。
平均寿命が伸びているのに、掛け金が増えないと給付水準を下げざるを得ない。給付水準を下げるには、受給者一人一人の受給額を減らすとか支給開始年齢を遅らせるとか色々な方法があるが、とにかく全体として「掛け金+積立資産の運用益+積立資産の取り崩し+国庫負担(税金)」の範囲に支給額を抑えることが必要なのだ。「公的年金は100年安心」という意味は「マクロスライドで給付額を抑制していけば、100年間は公的年金を支給することができる」という意味で「公的年金だけで老後の生活費を賄う」という意味ではない。
公的年金だけで老後生活費を賄うとすれば、年金の掛け金を増やすか国庫負担を増やすしかない(日本の年金運用はリスク資産比率が高いのでこれ以上リスクを取って運用益を稼ぐのは困難)。給付水準は引き上げたいが、掛け金負担や増税は嫌だ、というのは単なる我儘に過ぎないのである。
公的年金については北欧の高福祉高負担型と自助努力を重視する米国の低福祉低負担型があり、日本はその中間といわれてきた。だが実態はむしろ米国型に近くなっているのではないだろうか?
ならば現実を直視して、勤労者の自助努力を助成し、年金資産の形成を促進するような税制優遇等の政策を強化するべきであろう。