国民の支払った年金が社会保険庁で正しく記録されていないことが大問題になっている。保険会社が保険金の過少払いをしていたことと同じ位国民の信頼を失わせる話だ。マスコミも叩きやすい話なので社会保険庁を目一杯叩いている。ただし私にはマスコミの姿勢は社会保険庁というドブに落ちた犬を単に叩いているだけにすぎない様に思われる。そこには単に社会保険庁の職員の怠慢というだけでは片付けられない深い問題があったはずだ。
つまり何故年金の掛け金の記録に不備が生じたか?という問題をデータ処理技術の観点から論じ、今後の対策を提言するという姿勢が政治家にもマスコミにも欠けている。この点について大量データ処理を経験してきた立場から問題点を二つ提起しよう。
一つは年金制度における「ユニークキー」という考え方の導入の遅れであった。ユニークキーとはレコード(例えば国民一人一人)を一意に特定する番号と考えてよい。平成9年1月から基礎年金番号制度が導入され、年金番号は10桁に統一されたが、それまでは国民年金、厚生年金、共済年金といった制度毎に異なる番号が取られていた。
ここで注意しておかないといけないことはある個人を特定する時に「氏名」「生年月日」「住所」などはユニークキーにならないということである。つまり「同姓同名の人が存在する」「漢字の読み方によって一人の人が別の人として取り扱われる可能性がある」「住所は転居により変わるので個人を特定するものではない」ということだ。個人個人が支払った年金の保険料が正しく社会保険庁のコンピュータに記録されないということは支払った人のユニークキーとコンピュータ上のユニークキーが一致しないということである。
つまり国民一人一人が固有の番号を持たない限り、その個人をデータベース的に特定すことは不可能ということである。
これを早い段階から徹底したのが、米国のSocial Security Number(SSN)制度である。SSNは当初税金の支払いをトレースするために考案されたもので1936年11月に導入されている。1986年までは納税年齢未満の者がSSNを取得することは少なかったが、扶養控除にSSNが必要となったので今では子供が誕生するとSSNを申請して取得する人が増えているそうだ。従ってSSNはデ・ファクトスタンダード(事実上)のID番号である。
事実上のIDということでSSNは銀行口座の開設に必要なように信用ヒストリーの管理にも使われている。
私は大量データをコンピュータで処理する時代になったいたにも関わらず、全国民を統一的に識別するIDの導入が遅れたことが年金問題の根幹にあると考えている。
IDの問題は国家による個人の監視といったプライバシー保護の観点から反対意見を述べる人がいるが、真っ当な暮らしをしている大半の市民にとって国家に知られて困る程の情報があるのか?と私は考えている。知られて困る様な情報を持っているのは脱税者等不正行為を行っている人の方ではないだろうか?
少し気にかかることは住基ネットで11桁の住民票コードを使っていることだ。本来SSNのように一つのユニーク番号を目的別に使うというのがデータベース構築の手筋なのだ。
年金のもう一つの問題は「制度の運用面の負荷を考えない制度変更」の積み重ねで年金制度が複雑極まりない制度になっているという点だ。年金には期待権とか既得権という問題があるので、過去を引きずることはある程度止むを得ない。しかしこれを機会に抜本的見直しをしておかないと将来の運営負担がやたらと重くなる可能性が高い。
今国の年金問題で欠如しているのは大量データ処理の専門家による実務面の提言であろう。もっともその様な人達も長年社会保険庁の年金システムの開発に携わってきたので「物言えば唇寒し」という状態なのかもしれないが。