19日付のFTはスイスの大手銀行UBSのトップ・Wuffli氏が「投資銀行が行っている危険なローンが増加していて将来訴訟に発展し、評判を悪化させる可能性がある」と警告していると報じている。Wuffli氏はFTのインタビューに答えたものだが、彼の警告は投資家・銀行家・規制当局からの一連の警告の中で一番新しいものだ。
危険なローンの一つの典型は今年特に流行している"Cov-lite"というローンだ。CovはCovenantでLiteはライトビール(軽いビール)のライトで「軽い」ということ。つまり財務制限条項が緩いローンのことだ。
財務制限条項とは一定の財務的制限、例えばデッド・サービス・カバレッジ・レシオ(元利金返済前キャッシュフロー÷元利金返済額)を維持するというものだ。金銭消費貸借契約に財務制限条項が付くことが、かっては欧米のローンと日本のローンの最大の違いであり、欧米のローンの安全性を高めていた。ところが財務制限条項を緩めるということは、借り手により多くの債務を取り入れる自由を認めることになるので、ローンの安全性は低下する訳だ。
Cov-liteローンの明確な定義があるのかどうか知らないが(恐らくないが)、S&Pは「財務条項のトリガーについて入り口の制限のみで、ローン実行後の制限はない」財務制限条項がついているものをCov-liteローンと定義してはどうだと提案している。
またS&PによるとCov-liteローンの回収率は伝統的なローンより1割低いということだ。
世界的大手銀行が貸出基準を緩和し、安全性の低いローンを実行している背景は資金供給サイドではプライベート・エクイティとの競争があるからだ。また買収ファイナンス等で資金を取り入れる方も貸出基準の緩和を求めている。
ところで今となっては追憶話になるが、80年代の後半頃邦銀が米国でまだプレゼンスがあった頃、日本国内と同様不動産担保融資に力を入れた銀行があった。そしてその反面その銀行は「無担保融資であるコベナンツによる貸出」を危険なものと判断して企業与信に余り組まなかった。
結果は数年後に出た。不況がアメリカを襲い、ホテルなど担保に取った不動産からの収益は下がり元利金の遅延が多発した。しかしノンリコース・ローンであったため銀行は借り手の一般財産に請求することは出来ず、担保不動産を安い価格で処分せざるを得なかった。一方不況になってもコベナンツの縛りで一般企業融資は不動産融資ほどダメージは受けなかった。
どうしてこの様な間違いを犯したのだろうか?それについて私は「日本の銀行員はローマ史を勉強していないからだ」と考えている。ローマの歴史を勉強すると「担保付貸出」と「無担保貸出」に対する西洋人の考え方が分かる。担保付貸出は奴隷への貸出と言われた。つまり担保があれば奴隷でも金を借りることが出来、債務不履行になっても担保処分をされるだけでそれ以上の罰則はなかった。一方無担保貸出は貴族への貸出と言われた。債務の不履行は貴族社会での信用失墜につながったので、債務者は必死に履行を行ったのである。
このことを知っていたならば、財務制限条項付の無担保融資が不動産担保融資より安全であることが分かっただろうがどういうものだろうか?
尽きるところ金融力のベースは高度な教養Liberal Artsなのだが、現在の日本では余り重視されないものの一つである。日本の金融機関が世界に伍していけない理由の一つはここにあるのかもしれない。