10月30日曇、11月に任意団体ながら設立予定の相続学会の準備などやらねばならないことはちょっとあるが、トレッキング前の最後の足慣らしに西武秩父線の東吾野の北側の山を歩いてみた。
長年西武沿線に住みながら、この辺りの山は歩いていない。標高400m程度の山なのでもう少し年をとってから歩いても良いと考えていたからだ。だが雨具やヘッドランプ等山道具は宅配便で空港に送ってしまったので、今日は手頃な奥武蔵の入口を山を歩くことにした。
10時55分東吾野駅出発。駅から国道を渡ると「虎秀」という曰く因縁ありそうな地名にであった。後で調べてみると「ヒデトラ」と読むのではなく「コシュウ」と読むそうだ。舗装された林道をドンドン登っていき、11時40分「ユガテ」の表示に出会った。ここで車道を離れて「ユガテ」と呼ばれる2軒の農家が建つミニ高原・奥武蔵の別天地と呼ばれるところに行くべきだったが、そのまま車道を進んでしまった。途中で気がついたがルートは「北向地蔵」で一緒になるのでそのまま進む。12時10分北向地蔵到着。
小さな地蔵堂の脇に立て札があり、由来が書いてあった。「天明6年(1786年)流行した悪疫を防ごうと野州(栃木県)の岩船地蔵を招来したので北を向いている。現在は男女の逢瀬にもご利益あり」とのこと。
東吾野からここまで5.5kmの坂道を1時間17分時速4.3kmで歩いてきたらかなり汗をかいた。私は日頃は汗をかかない程度の速度で歩くことを目標にしている(無論暑い日は大いに汗をかくが)。しかし今日はトレーニング目的で汗をかくことにしてピッチを上げて歩いた。北向地蔵で軽くランチを食べて、物見山(375m)へ向かった。物見山到着12時42分。「物見」の名前に反して眺望は良くない。昔は木が小さかったのか?
日和田山(305m)到着13時17分。こちらは眺望良し。頂上から少し下ったところにある鳥居の向こうに高麗の郷が見える。
鳥居の下は岩場の「男坂」で危険とある。日頃ならホイホイ降りるのだが、万一足でもくじくとトレッキングに影響するので左手の「女坂」を下ることにした。
高麗川を渡る時彼岸花で有名な巾着田が見えたが、花はかなり前に終わり、秋色が濃かった。
13時46分高麗駅到着。北向地蔵から5kmの道を1時間25分で歩いたことになる(日和田山での休憩を含む)。ユガテの桃源郷をパスしてしまうというミスはあったが、早歩きの良いトレーニングをした半日だった。冬でもこの辺りは陽溜りの山だ。天気が良くて空気が乾いた日にまた歩いてみよう。