金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

すきやばし次郎で「火の通った鮨を」中国人学生

2014年05月18日 | うんちく・小ネタ

WSJのジャパンリアルタイムによると、すきやばし次郎で出された鮨に対して、火を通して欲しいと求めて断られた中国人女子学生の話が出ていた。友人たちとすきやばし次郎を訪れていた彼女はこの出来事を中国版ツイッターWeiboに載せたところ、彼女たちの行動に対する批判が殺到した。

その結果彼女はWeiboの記事を撤回し、後日すきやばし次郎を再訪して誤ったということだった。

なお彼女たちはすきやばし次郎で鮨を4貫食べただけだったが、料金1万7千円はちゃんと払ったと店は言っていた。

話はこれだけだが、このエピソードからあなたは何を感じますか?

1)すきやばし次郎で1.7万円も払って鮨を食べるなんて中国人はお金持ちになった。

2)お金持ちになっても、中国人は「他の国の食文化に同化しよう」という気持ちがない。すきやばし次郎の鮨はオバマ大統領だって感激して食べたのに。

3)中国では衛生上生水・生ものを食べないという慣習ができている。だから日本の高級すし店に行っても火を通して欲しいと言ってしまう。非衛生な環境は中国人のトラウマである。

4)しかしこの女学生たちの失礼な態度に批判の声があがったところを見ると中国にも良識をわきまえる人は多い。また誤りに行った彼女たちも失礼の非を認めた点で評価するべきである。

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インドの新首相モディ氏の二つの顔

2014年05月17日 | 国際・政治

5週間にわたり続いたインドの総選挙が終わり、最大野党のインド人民党(Baharatiya Janata Party BJP)の地滑り的な勝利が決まった。新首相にはBJPの党首ナレンドラ・モディ氏が就任する予定だ。

今朝(5月17日)の読売新聞の一面には「インド10年ぶり政権交代」のタイトルの横に「親日モディ氏 首相就任へ」というサブタイトルがついた記事が出ていた。

私はこの「親日」という文字をみてある種の苦笑を禁じえなかった。何故かというとそれが余りに日本中心で楽観的な見方だからである。確かに今までグジャラート州の首相を務めてきたモディ氏が日系企業向けの団地の整備を行うなど親日的であったことは間違いないし、全般的にインド人が親日的であることは事実だろう。

日本人は外国のリーダーに対して、彼(または彼女)が親日的であるかどうかを非常に気にして早々に評価を下す傾向があるが、その国のリーダーは親日的であるかどうかの前に自国(または自州)の利益のために日本が役に立つかどうか?で行動しているということを最初に考えておかないといけないだろう。

モディ氏については、アメリカとイギリスは約10年前から渡航禁止(ビザの発給禁止)を行っている(イギリスは2012年の渡航禁止を解除した)。

米英がモディ氏の渡航を禁止した理由は、2002年にグジャラート州でイスラム教徒とヒンドゥー教徒の衝突が起き、ヒンドゥー教徒が多数のイスラム教徒を殺害した事件があった時、同州首相だったモディ氏が「見ぬふり」をしたことによる(これは当然ながら米英の判断だが)。

米国には宗教的自由に対して重大な違反を行った外国人にはビザを発給しないという法律があり、それに基づいて渡航が禁止された訳だ。

仮にそのようなことがなくて、モディ氏が米国に渡り、予定されていたインド人集会で演説を行っていたとすれば、米国と親密な関係が広がり、その結果特段親日的といわれることはなかったかもしれない。

歴史にifは禁物という。私もiffyな話を続けるつもりはないが、メディアによるとアメリカはモディ氏が首相になれば渡航禁止を解除する見込みだ。歴史は前に向かって動いている。

アフガニスタンからの撤兵と台頭する中国に対する軍事経済的なリバランスを図りたいアメリカにとってはインドとの関係改善は最大級の課題だ。

一方モディ氏には渡航が禁止されたという悪感情はあると思うが、恐らくそれは横においてアメリカとの関係改善を図るだろう。

その理由はヒンドゥー過激派ともいわれるモディ氏だが選挙公約の一つが「インドに寺院よりもっとトイレを」考えると外交面でも現実的な対応をとるだろうと私は考えている。

ヒンドゥー教の神々は二つの顔を持つという。シヴァ神には吉祥と不祥、破壊と恩恵の二つの顔があり、いずれも真実の姿である。この考え方に立つと、モディ氏が熱心なのヒンドゥー教徒であるとともに経済成長の推進者というのは矛盾なく両立するのだろう。

繰り返していうが、親日的であるとかないとかいうことは、そのリーダーにとって本源的なものでなく、その時日本と組んだ方が国益につながるかどうかで態度は決まる・・・という程度に理解しておいた方が、逆を打った時の失望感が少ないような気がする次第。

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守るべきは憲法?または国民の安全?

2014年05月16日 | 国際・政治

昨日(5月15日)夕方安倍首相が集団的自衛権の行使に向けて憲法解釈を変更する方針で臨むという記者会見を行っていた。

私自身は集団的自衛権の行使には賛成なのだが、憲法解釈の変更で対応するという考え方には違和感を感じている。理由はシンプルで従来の憲法解釈と整合性が取れなくなったのであれば憲法を変えるべきだと考えるからだ。法律やルールというものは、本来金太郎飴でなくてはいけないと私は考えている。つまり誰が何時切っても同じ金太郎がでるように、誰がいつ読んでも同じ理解をするように明快なものでなくてはいけないというのが私の理解。

もっとも現在「内閣による憲法解釈の変更ではなく、憲法解釈で対応するべきだ」と主張する人の中にはハードルを上げることで、集団的自衛権の行使を避けようとする人がいるので、注意しなければいけないが。

憲法論議に関して私が思うことは、守るべきものは「憲法」なのかそれとも「国民の安全」なのか?ということである。「憲法」を守る理由はそれが「基本的人権」や「国民の安全」を守るためのものであり、「基本的人権」や「国民の安全」を真の目的とすれば憲法はその手段であると私は考えている。

これは宗教における本当の神と神像との関係に似ていると私は感じている。もとより偶像崇拝を厳しく禁じるイスラム教のような宗教を別にすれば、多くの宗教は神像などの崇拝の対象物を持っている。私はこのような崇拝の対象は祈りをささげる上で、都合が良いので設けられているものだ、と解釈している(もっとも偶像そのものに過大な信仰を置く宗教もない訳ではないが)。

つまり神像は一種のproxyで、人々はその背後にある見ることのできない神や仏に祈りをささげているのであり、本当に大切なのは見ることのできない神や仏なのである。神像・仏像はconcentrationの手段なのであろう。

憲法論議のこの解釈を当てはめると、憲法は神像でproxyであり、本当に大事なものは「基本的人権」や「国民の安全」である。

神像は古くなれば修復しても良いし、新しいものと変えても構わないだろう。もし神像などの背後にある本当の神や仏のことを忘れて、石や金属でできた像そのものを拝むことに腐心するようになれば、それは偶像崇拝と呼ばれるのである。

ということで本当は古くなった神像を修復したいのだが、神像はありがたいものなので、古くなっても触っちゃいかん、という人が多い場合は憲法解釈の変更で対応するというのも次善の策なのだろう。政治においては実を取ることが大事だろうから。

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はやくもゴーヤのつるが伸びた

2014年05月15日 | うんちく・小ネタ

昨日(5月14日)植えたゴーヤの苗。夜来の雨で力を得たのかはやくもつるが伸び、ネットを捕まえている。

ネットは陽の光がさす方に張っているので、光を求めてつるが伸びたのだろうが、植物の力はすごいと思う。

やがてゴーヤに花が咲くと蜂が飛んできて蜜を吸う。その時蜂は意識していないけれど受粉を助ける(蜂が来ない場合は人工授粉をする)。その実はチャンプルや天ぷらにすると美味しい。

その頃には葉が茂り、強い日差しを遮ってくれる。

ゴーヤは何も考えていない(本当は考えているかどうかわからないが)が、精一杯生きることでヒトや昆虫を助けている。

植物人間という言葉がある。脳の外傷などで意識を失った人をさす言葉だ。

だがゴーヤの旺盛な生命力と他の命と共に生きる共生力の強さを見ると植物人間という言葉は植物にとって失礼な言葉ではないか?という気がする。

我々は実に一本のゴーヤとも支え合って生きているのである。

Goya

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経常収支縮小は危険な兆候?

2014年05月13日 | 金融

財務省が昨日(5月12日)発表した国際収支統計によると、4月の経常収支は市場予想を大きく下回る1,164億円(季節調整後では7,829億円の赤字)だった。2013年度全体では7,899億円の黒字にとどまった。

新聞の見出し(たとえばWSJ)では「悪化する日本の経常収支 輸出競争力の回復に疑問」といった文字が躍り、輸出競争力の回復が遅れていることや燃料輸入増などが経常収支悪化の原因とされることが多い。

ミクロレベルで見ると、経常収支は車の輸出が増えた・減ったなどということで動くが、マクロレベルでは経常収支は「貯蓄ー投資」である。

なぜか?というと「三面等価の原則」により、生産=分配=支出であり、分配は①「消費+貯蓄」、支出は②「消費+投資+経常収支」である。①と②の式から消費を取り去ると 経常収支=貯蓄ー投資となるからだ。

つまりマクロベースで見ると貯蓄と投資の動向が長期的な経常収支を決めるということになる。過去の日本は貯蓄に較べ、投資が少なかったから、その差額が海外に投資された。米国は逆で国内に投資機会が多いので、外国から資本を輸入するため経常収支は赤字になる。なぜ資本を輸入すると経常収支が赤字になるか?というとマクロベースで見ると経常収支と資本収支(外貨準備高を加えたもの)は、矢印の方向は逆で絶対額は等しくなるからだ。

以上のようなことを踏まえて、国際機関や市場は日本の今後の経常収支はどう動くと推測しているのか?

CNBCに掲載されたIronFX GlobalのGittler氏の記事のポイントを紹介しよう。

  • IMFは日本の経常収支はGDPに対する比率でも絶対額でも昨年ボトムアウトして、向こう数年間徐々に拡大する予測している。
  • しかし市場はもう少し楽観的ではない。市場は2015年と2016年に回復する前にもう少し経常収支の縮小が進行すると予測している。
  • 見解の相違は日本の貯蓄動向の予想にある。投資は2009年にボトムアウトし、その後わずかな増加を続けていて、IMFはこの傾向が続くと予想する。一方貯蓄についてIMFは昨年底を付け、極めて緩やかなペースだけれど上昇を続けると予想している。
  • しかしGittler氏は「日本の貯蓄が緩やかに増加する」という推測に疑問を投げかける。日本の65歳以上の人口比率は1990年の12%から今年の25.3%(推定値)に増加し、2020年には27.8%になると予想される。高齢化により年金基金の取り崩しによる年金支払いを含めて、貯蓄の取り崩しが進むはずだ。

そしてGittler氏はやがて日本で投資が貯蓄を上回る日つまり経常収支が赤字になる日が来ると予想する。経常収支が赤字になると日本は海外投資家に国債を販売しなければならない。それは必然的に金利の上昇を招く・・・・・

金利の上昇は国債利払い額の拡大により一層財政赤字を拡大する。

ということを踏まえて同氏は円は今後数年低下傾向を続けると予想するのである。

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