8月4日にクリントン元大統領が北朝鮮を訪問して、金正日主席と会談し、12年の強制労働判決を受けていた二人の女性ジャーナリストの恩赦を得たことは既に内外のニュースで報じられている。この一連の動きの中から感じたことを幾つか述べてみたい。
外交は理念ではなく現実的であれ!
米国特にヒラリー・クリントン国務長官は少し前まで「北朝鮮が二人の女性ジャーナリストを逮捕し強制労働判決を下したことは理由・根拠のないものだ」と非難していた。しかしクリントン元大統領は「恩赦」つまり北朝鮮の判決の正当性を認めた上で寛大な処置を求めた。
北朝鮮の政府メディアは「クリントン元大統領は金主席に二人の行為について謝ったapologized」と報じている。クリントン元大統領が金主席に本当に謝ったのか?あるいはどのような表現を使ったのかは分からない。ひょっとすると永久に分からないかもしれない。しかしそれはそれで良いのである。金政権にとっては米国の元大統領が謝ったので重罪犯に恩赦を与えたという説明を国民に出来るので、面子を保つことができた訳だ。外交とはお互いの正義をぶつけ合う場ではなく、実を取るものだということを改めて認識する。
外交に秘密はつきもの
今日本では外交上の密約を表に出すことが正義であるかのような意見が出ているが、外交に秘密はつきものである。今回米政府はクリントン氏の出馬を依頼していない、クリントン氏は個人の立場で北朝鮮を訪問したと述べているが額面どおり受け取る人はいないだろう。
クリントン氏がどういう経緯で北朝鮮を訪問することになったか詳しくは分からないが、ニューヨーク・タイムズは以下のように報じている。「数週間にわたる国連使節による米国と北朝鮮のブラック・チャンネル(裏外交ルート)による交渉が行われ、ホワイトハウスはゴア元副大統領の他、リチャードソン・ニューメキシコ州知事(クリントン時代に北朝鮮外交を担当)や現在の北朝鮮特使ボスワースを候補に上げた」「しかし北朝鮮側はクリントン元大統領級の大物を送れというシグナルを出した」「クリントン元大統領は金日成が死亡した時、金正日に悔やみ状を送っているので、今回ジャーナリストを恩赦することは博愛主義の交換という名目を金正日に与えた」
2週間前までクリントン元大統領の妻、つまりヒラリー国務長官と北朝鮮の間では激しい非難の応酬があった。ヒラリーは核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮を「注意を引こうとする十代のガキのような行為だ」と非難し、北朝鮮はヒラリーを「時々は小学生のように見え、時々は買い物に行く年金受給者のように見える変な女だ」と反撃した。
でもヒラリーはどこかの段階で夫に「ビル、北朝鮮に行ってよ」と頼んだのだろう。ヒラリーか誰かがオバマ大統領の了解を求めたと推測することは自然なことである。そして北朝鮮問題で手詰まっているオバマがこれを歓迎したと推測することも自然だろう。
無論これは一連の動きの表面的な推測で、裏の駆け引きは分からない。外交に秘密はつきものである。外交で大切なことは総て明らかにするよりも、裏チャンネルを大事にすることではないだろうか?交渉のルートがないということは一発触発の危機を高めるからだ。
一流の政治家は対立を超えて国益のために動く
政府の使命のボトム・ラインは国民の安全と快適な生活を守ることである。クリントン陣営とオバマ陣営は民主党の大統領候補選びで激しく対立した。クリントン元大統領とオバマ大統領の間に感情的なしこりがあるかどうか知るよしもないが、クリントン元大統領は「オバマが求めるなら、彼の邪魔にならない範囲で何か出来たら幸せだ」と述べていた。まさに今回クリントン元大統領でなくては出来ない出番が回ってきた次第で彼はハッピーだったと思う。一流の政治家は過去の対立を超えて、必要な時に国益のために動くということだ。
もっとも毎年交代している日本の首相のような政治家では、外交上のインパクトは全くないので役に立とうと思っても活躍の舞台はないのだが。
金正日の健康は回復したのか?
金主席がクリントン元大統領と会談・会食をともにしたということは、自らの健康状態をクリントンの鋭い観察眼の前に晒したということだ。これは何を意味するのだろうか?常識的にいうと「俺はまだまだ元気だ」ということをクリントン経由でオバマ大統領に伝えたかったということで、健康状態が好転していると考えるべきだろう。
だが違う推測の成り立つかもしれない。つまり北朝鮮の核実験やミサイル発射は後継者確定過程における内政的宣伝効果を狙ったもので、一応の目的を達したので米国と二国間の核問題交渉を開始し、金正日の後継者に対話の道筋をつけるというものだ。つまり金正日の健康が思わしくないので、この機会を逃さずに米国とトップレベルで交渉するチャネルを開いたという推測。それが証拠にクリントン元大統領を出迎えたのは、一部では金正日の覚えめでたくないと思われていた核交渉担当のKim Kye-gwan氏だった。
まあ素人の推測はこの辺りで止めておこう。やがて明らかになることである。
とにかく色々なことを考えさせる出来事だった。