「知行借上」とはごく平たくいうと江戸時代に財政に行き詰った藩が「藩士の収入を借上げる」という制度で、往々にして借りっ放しつまり藩士の減収になった仕組みである。半知借上というのは、給料の半分カットだ。
リーマン・ブラザース危機以降日本の会社は「給料のカット」を行った先は多い。マスコミで目にしたところでは、日本電産やパナソニックが給料の一部カットを行っているが、マスコミに出ない先でカットを行っている先は非常に多いはずだ。もっとも日本電産は業績が戻ったので7月から元に戻したという話だが。
今日の話はフランスの銀行・クレディ・アグリコールのアジア証券子会社CLSAが業績急回復から「知行借上」を早期に終了したという話。
ファイナンシャル・タイムズは、アジアの株式市場が急回復したのでこのcontroversialな知行借上制度を早期に止めたと報じていた。Controversialというのは「異論のある」とか「容易に認められない」という意味だ。FTによるとCLSAのトップクラスの職員数百人が「自主的に2009年末まで給料の最大25%カット」に同意していたと報じている。
ところが業績が急回復してきたので、給与カットを3ヶ月前倒しで終了するとともに、過去のカット分の支払も行うということだ。更に新しいインセンティブ・プランを導入して会社のコスト削減プランを達成すると達成額の最大25%のボーナスを支給するという。
CLSAは投資銀行のような巨額のサラリーを払ってはおらず、トップ・プレーヤーでも年収30万ドル(27百万円程度)とFTは報じている。
このエピソードは幾つかのことを示唆している。
第一に株式業務の業績は実物経済の従関数なので、実物経済が良くないと株式業務は良くない。従って株式業務でお金を儲けるなら経済成長の強い地域に出て行くしかない。
第二に「知行借上」は慢性化、つまり給与カットになってはいけない。CLSAのように会社が従業員から「借りた」未払いの賃金は業績が良くなった時返さないといけない。私はしばしば日本の会社が「給料のカットしっぱなし」という例を見ているが、これは「知行借上」という江戸時代(特に享保時代が多かったようだ)の悪風が遺伝子となって浸み込んでいるのでないかと考えている。
一時代前の戦国時代であれば「いつまでも部下の給料を借りている」ような大名はたちまち部下に見限られたであろう。腕に自信のあるサムライは、槍一本、差配一本を持って高禄を出す大名を渡り歩くことができたからだ。
「知行借上」の慢性化は経営の弛緩につながる。国民経済的にはゾンビ企業が行き続けることになり、生産性は向上しない。鎖国や身分制度で職業の選択が出来なかった時代ならいざ知らず今の時代は「渡り歩くことができる」時代だ。「渡り易さ」を助長するような政策を取ることが、経済の活性化と希望ある社会を作るのである。
第三に会社はコストカット・メリットを従業員とシェアすることで、従業員に経費削減のインセンティブを与えることだろう。短い記事だが示唆するところの多い話だった。