清華大学の著名な国際政治学者?学通Yan Xuetong教授がニューヨークタイムズにHow China can defeat Americaという寄稿を行なっていた。同教授は「古代中国の思想・現代中国の力」(仮題)Ancient Chinese Thought, Modern Chinese Powerという本の著者である。
閻教授は「米中双方の指導者は両国は世界の秩序を脅かすような衝突を起こすことなく競争に対処していくことができると主張する。しかし歴史が示唆することは中国の勃興はアメリカに困難をもたらす。勃興する力は世界システムの中でより権威を得ることを求め、衰えつつある力が戦うことなく没落することはほとんどないからだ」と書き出し、悲観論者はより戦争の可能性が高いとすら信じるかもしれないと続ける。
自ら政治的現実主義者と述べる閻教授だが「政治家は軍事と経済だけにとらわれるべきでない。国際的な政治競争の中で倫理観こそが鍵となる」と述べる。
閻教授は中国の古代政治史の研究を通じてこの結論に至ったと述べる。彼は荀子によると3つのタイプのリーダーシップがあったという。それはHumane authority(王道),hegemony(覇道), tyranny(暴政)である。王道は国内外の人心をとらえることができる。軍事力を基盤とした暴政は不可避的に敵を作る。覇道はその中間で自国民や同盟国の国民から騙し取ることはしないが、しばしば道徳に無関心で非同盟国には暴力を使う。思想家達は一般的に王道は覇道や暴政に勝つだろうということに同意してした。
閻教授は「このような思想ははるか昔のことと思われるが、現在にも顕著な類似点がある。ヘンリー・キッシンジャーはかって私に『古代中国思想がいかなる外国の思想よりも中国の外交政策の背後にある中核的な知的影響力となっている』と告げたことがあった」と述べる。
そして閻教授は「中国が世界の人々の心をとらえるにはまず自国から始めるべきで、プライオリティを経済発展から巨大な貧富の差をなくした調和のとれた社会の確立に移すべきだ。それには金銭崇拝を伝統的道徳尊重に置き換えることが必要で、社会正義と公平のために政治的汚職を根絶する必要がある」と述べる。
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まあこのあたりまでは原則論で「はいはい、お説ごもっとも」という感じであるが、各論になってくると注意深く見る必要がある。
「米国は軍事力により卓越した覇権を確立し、中国に較べて世界各国と質両面で優った外交関係を享受している。米国は50以上の軍事同盟を確立してるが中国には一つもない。ただ北朝鮮とパキスタンとは準軍事同盟的な関係にあるが・・・。中国は上海協力機構(中国、ロシア、ウズベキスタンなどによる多国間協力組織)をモデルとして追加的な地域安全保障協定を作る必要がある」
「政治的には中国をメリットクラシーの伝統を利用するべきである。政府のトップは徳と智慧で選ばれるべきで、単に技術的能力や管理的能力で選ばれるべきではない」
「中国が最も繁栄した唐時代に、政府は有能な多くの外人を政府高官として採用した。同じことを今の中国を行なうべきで優秀な移民を魅了することで米国と競い合うべきだ」
「今後10年の中国の指導者は文化大革命を経験した世代から誕生するだろう。彼等は物質的な便益よりも政治的な原則を重視し、世界の舞台では力のない国のために安全保障と経済的支援を提供する点でより大きな役割を演じるだろう」
そして閻教授は「将来の米中間の競争は冷戦時代の米ソの競争とは違う。世界の人々の人心を得た方が勝つのである」と結んでいる。
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揚げ足を取る訳ではないが、閻教授の説に幾つかのコメントをしよう。一つは王道と覇道について。性善説に立つ荀子は覇道が王道に劣ることを認めた上で、覇道を取ることの意義を説く。王道を貫けない世情においては覇道に頼らないと国を治めることができないからだ。国際社会もまた同じ。そもそも世界各国に共通する一つの「王道」があるとは限らない。中国には中国の、アメリカにはアメリカの、アラブ諸国にはアラブ諸国の王道があると見るべきかもしれない。故にいまのところ大国は覇道に頼るのである。
閻教授は当然このことを知っているがこの小論文では触れていない。私は中国はまだ覇道において米国に劣るので理想論の王道論を展開しているが、中国がより経済・軍事面で力を付けた時は、覇道論が幅をきかすのではないか?と危惧している。
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ところで現時点で東南アジア諸国は「どの程度中国とアメリカのリーダーシップの成果を認めているか?」という世論調査をギャラップが行っていた。
それによるとカンボジアは米中ともに高く評価し、68%の人が米国の、55%の人が中国の成果を認めていた。フィリピンでは米63%、中国36%、韓国では米57%、中国30%。マレーシアとベトナムでは中国の評価の方が米国より高く、マレーシアで米38%、中国42%、ベトナムで米21%、中国22%だった。地域全体の中央値は米44%、中国30%でかなり差がある。だがその差は私の先入観よりはかなり低かった。実のところ中国はもう少し評価が低いと思っていた。
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ところで複雑な気持ちになるのは「国のトップは徳と智慧で選ばれるべきだ」という閻教授の意見だ。民主主義国家ではありがちなことだが、日米欧で国家財政が悪化する中、増税政策や財政健全化政策が中々進まないことを目の当たりにすると、民主主義がポピュリズムに陥るリスクを改めて感じる。
消費税にこだわった大平正芳は「国民が好まないことでもやらなければならないときがある。それが政治というものだ」という言葉を残しているが、選挙では自民党が惨敗しその後彼は急死した。
わが国において哲人政治を導入するすべはないが、票の行く末ばかりを気にした妄言が横行すると中国の政治体制にも一理あるように見えてくるのである。