金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

講演「女の一生と相続」を聴いて

2019年10月28日 | ライフプランニングファイル

先週日本相続学会の研究大会の基調講演「女の一生と相続」を聴いた。講師は横浜国立大学大学院教授の常岡史子先生。常岡教授は親族法・相続法の専門家で相続学会でもしばしば講演やパネルディスカッションに登壇されている。

この講演は明治民法下における妻の財産権(何と結婚すると妻は財産管理については準禁治産者並の扱いとなった)の問題から今回の民法改正で誕生した配偶者居住権の問題におよぶ興味深いもので、結婚後の妻の財産権の変遷について考えさせるものだった。

ところで相続学会のコアメンバーは弁護士や税理士などの実務家が多いので、あまり経済学的視点から議論をしたことはないが、私は「相続は生産手段維持最適化に従う」という仮説を持っている。経済学的視点から少しコメントしてみたい。

明治民法は嫡出長男の単独相続を前提としていたが、これは「コメ作りをベースにした生産体制下では遺産相続で農地が細分化されることを防ぐ」ことが生産性維持上最重要課題と認識されていたことを意味する。つまり生産性維持の命題により相続財産の相続人による均等分割という命題が抹殺された訳だ。

また昔のモンゴルでは末子相続がスタンダードだったという。これは末子が一番若く元気があるので、一族を率いて放牧を続け、時には外敵と戦う上で最適の選択だった訳だ。

長男の単独相続は一方で長男に一族の扶養義務を負わせた。従ってモデル的な家督相続では、配偶者居住権のような問題は発生しなかったと考えられる(典型的には生存配偶者=長男の母親であり、長男が母親と居住権を争うことはなかっただろう)。

時代は変わり、人々は農業から離れ、多くの人は給与労働者となることを選択した。高度成長時代は夫が働き妻は専業主婦というのが一般的なモデルだったが、最近では夫婦共稼ぎが一般的なモデルである。

「相続は生産手段維持最適化に従う」という観点から考えると、現在では共稼ぎの夫婦が一方の配偶者が亡くなっても、最後まで安心して暮らすことができることをサポートするような相続制度が望ましいということになる。

別に言い方をすると「夫婦が共稼ぎで築いた財産を子を含めて他の人に奪われる可能性がある」相続制度は時代のニーズに合っていないということができるかもしれない。

たとえば子供のいない夫婦のどちらかが死亡して、残った配偶者にすべての遺産を相続させるといった遺言書がない ない場合、被相続人の兄弟姉妹が相続人になり相続財産の一部を相続してしてしまう可能性がある。

また兄弟姉妹には遺留分がないので遺留分侵害の問題は起こらないが、生存配偶者と子が相続人になる場合は遺言書により生存配偶者が大部分の遺産を相続する場合には遺留分侵害の問題が発生する可能性が高い。

このような制度は過去の生産体制の残滓を引きずっているようなものだという気がするがいかがなものだろうか? 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする