今日(5月22日)スバルラインから富士山5合目までマイカーで登ってみた。天気は晴、山麓の気温は26,7度、5合目では17,8度位だった。
来月にも世界文化遺産登録が行われる予定の富士山。私は夏冬何回か登頂しているが、ワイフは5合目に登るのも今日が初めて。比較的空いている遺産登録前、かつ夏山シーズン前の平日に車を走らせてみた。
5合目駐車場には11時半過ぎに到着。神社から土産物売り場に回り、メロンパンを食べた。
5合目終点の駐車場はあまりにゴミゴミしているので、少し下った奥庭まで車で下りて周辺を散策してみた。
奥庭の展望台から南アルプス南部の山が見えた。正面が赤石岳、左が聖岳だろうと判断した。喧騒が嫌いな人は5合目終点より、この奥庭を散策するのが良いだろう。小鳥がさえずり、水はけの良い原生林の中を乾いた風が吹き渡る気持ちの良い場所だ。
カラマツが小さな松ぼっくりをつけていた。カラマツに混じって石楠花の木があるが、蕾は固い。花の季節は1ヶ月先だろう。
富士山の世界遺産登録については、ブログでやや辛口の批判を述べたことがあった。主旨は「富士山の良さは世界遺産に登録されようがされまいが変わるものではない。日本人は自国の自然や文化、芸術作品について海外の評価に頼りすぎる。良いものは良い、と自国で判断すれば良い」ということだった。
だがどこか富士山に対して不遜な物言いだったのではないか?と秘かに気にしていたのである。富士山に対する思いは、一般論で語りつくせるものではない。
富士山では昨年12月に私の山登りの先輩が滑落死するという悲しい事故があった。気高く美しい富士山は時に過酷なまでに厳しい顔を見せる。特に冬富士はそうだ。だがそれを厳しいと考えるのは、登山者の勝手な思い込みかもしれない。富士山は常にありのままの顔をみせているのであろう。来るものは拒まず、さりとて迎合もせずである。
私は富士山の神に対して「良いものは良い」などという不遜な物言いを詫びた。富士山を前にする時我々はただその雄々しさ、神々しさに打たれるのみである。
富士山は我々神戸大学山岳部のOBにとって、神々しい山であるとともに悲しみの山となった。だが光り輝く雲海を見ている時、私は山の先輩の魂も今は富士山の懐に安らかに眠っている、と感じた。富士山は我々にとって安らぎの山でもある。