夕食後の落語タイム。今度は8代目桂文楽師匠としました。
昭和落語の最高峰の1人。寄席仲間には「黒門町」と呼ばれていました。住まいのあった場所の名前で、湯島天神から御徒町の方へ下ったあたり。いかにも江戸風な呼び方は、オツでげすな。
まずは十八番の「明烏」。息子が堅物で困ったお店の旦那が、町内の遊び人に頼みこみ、息子を吉原へ連れていってもらう……。
何度も聴いた演目なんですが、果たして文楽師匠で聴いたことがあったかどうか。遊び人2人もそんなに下品でなく、若旦那はいかにも小心な感じ。猥雑感がありません。
8代目の高座は見たことがないのです(たぶんテレビでも)。ラジオでは何度か聴いたはずですが、記憶がない。子どもにはわかりにくい芸風だったのでしょう。
その後、評判を聞いたり、読んだりすることは多く、端正で滑らかな芸だという印象。今日の演目も実にそのとおりでした。無駄なものは一切、そぎ落としていったということで、なんだか澄み切っただし汁のような落語?
もう少し聴きこんでみたいと思います。
なお、今の文楽(9代目)は、ペヤングソース焼きそばでお馴染みの桂小益さんが継いでいます。