株であれ商品であれ相場が荒れてくると、犯人探しの声が高くなる。原油や穀物価格の上昇の裏には、これらの先物市場に大量に流入した投機資金があると言う政治家や評論家が増えている。また株式相場の下落の背後には、個別株を空売りする投機者がいると監督官庁は考える。
一方学者や投資銀行出身者は、先物市場や株の空売りを相場の乱高下の犯人とは考えず、むしろそれらの投機家は市場に流動性を供給しているから、プラスなのだという。流動性を供給するとは、投機家が売り買いの相手型となることで、売買が成立しやすくなることを指す。
さて英国では今週から金融サービス庁(FSA)が、株の空売りについて規制を強化するが、これに対してファイナンシャルタイムズ(FT)などが反論を展開している。FSAの規制とは、企業が割り当て増資を行う時、発行株式の0.25%以上を空売りするものは開示しなければならないというものだ。株式の大口保有については3%だから、空売りについては過酷なまでに厳しいと思われる。
FSAが空売りを抑制しようとしている理由は、サブプライムローン問題で資本を毀損した銀行・証券が資本増強を考えているからだ。金融機関は他の業種よりも、空売りによる株価下落に弱い。何故なら金融機関は信用が命だからだ。
日本の金融機関を例にとると、90年代の終わり頃は株価が低迷すると、預金者がその銀行から預金を引き上げる。銀行は預金を防衛しようと、預金に上乗せ金利をつけて預金者を魅了しようとする。しかし市場の信任が回復しないと預金プレミアムが又信用懸念を増幅するという悪循環に陥る。
最近の例では3月にベア・スターンズが救済合併される前に同社株の空売りポジションは積みあがっていた。現在では米国のリーマン・ブラザース、英国のHBOS(大手モーゲージ・レンダー)、豪州のバブコック・ブラウンにショートポジションが積みあがっている。
このような状態だから、FSAは空売り圧力を抑えて、金融機関が増資をやり易い環境を作ろうとしている。しかし規制で空売り圧力を抑えることが出来るかどうかは疑問だ。
エコノミスト誌は学術的な研究によると、空売りは妥当な株価の形成に貢献してきたという。実際空売りを行うもの~ショートセラーの方が、買い持ちだけの運用業者~ロングオンリー~よりも、対象企業について良く分析すると言われている。何故なら株式を空売りするリスクの方が買い持ちするリスクより高いからである。
空売りについてエコノミスト誌は「ニューヨーク証券取引所でショートポジションは4.3%で、ロンドンでも貸し株に回っているのは4.5%位だから、空売り戦略はマイナーな戦略である」という。確かに発行済み株式総額と較べると、空売り比率は少ないが、投資戦略としてマイナーかどうかというと疑問だ。というのはヘッジファンド戦略の中で買い持ち・売り持ちを両建てするロング・ショートのファンドは4割を占めるからだ。
ショート戦略というのは陰気な戦略ではある。何故ならショートした会社の業績が(少なくとも相対的には)悪くなることを期待しているからである。しかし純粋に資産運用の立場からいうと、過去10年の間ではロング・ショート・ファンドの方がロング・オンリーより少し良いリターンを上げている(ヘッジ・ファンド・リサーチ社による)ので、伝統的な資産運用業者も130/30(100のファンドがある場合、30%のショートポジションを取ることで130の運用を行う戦略)などの戦略でショートポジションを増やすと観測される。
歴史は規制により空売りを抑えることは長続きせず、かえって市場の悪化をもたらすことが多いことを告げているが、今回はどうなるのだろうか?